路線について

路線全体図

(※京北電鉄は架空の鉄道です。実在していません。)

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京北電鉄は大宮本線をはじめとして、5つの路線115.7kmを有する。
大宮本線、王子線以外は大宮本線に接続する駅を起点としている。

大宮本線
池袋から大宮を経由して熊谷を結ぶ。総延長64.3km。
京北電鉄が東武鉄道から分離・発足した1949年から1978年までは池袋〜大宮〜川越久保町を「本線」、大宮〜熊谷を「熊谷線」と区別されており、
池袋⇔川越の輸送体系及び大宮(実際は氷川参道)⇔熊谷の輸送体系が基本的に組まれいた。当時は池袋⇔熊谷は特急列車のみが直通して運行されるにとどまっていた。
しかし、1976年以降伊奈中央やあやめ野などいわゆる「北武ニュータウン」の進行により熊谷線沿線人口が増加し、輸送需要が大きく変化したことを受け、1978年10月に現行の路線設定、輸送体系の変更が行われ現在の「大宮本線」が登場した。
板橋本町からは都営地下鉄三田線と相互直通を行っており、城南高速鉄道、横浜市営地下鉄を介し中山駅(横浜市)まで直通している。(京北側はあやめ野・本川越まで)
大きな高低差の無い平野部を突き抜けるため、特に大宮以北は地形制約による曲がりくねったような経路はあまり見られない。その点が京急や小田急に見られるような"私鉄らしさ"に劣るといえよう。

川越線
大宮から本川越を結ぶ。総延長14.9km。
大宮本線の項でも述べたように、1949年から1978年まではこの川越線自体は本線に組み込まれていたが、1978年の輸送体系改編より、本線から外される。
しかし、国鉄川越線と競合している区間であること、川越観光の需要があること、沿線の人口が急増していることから、支線に格下げされてもなお、大宮本線と同一のダイヤ編成が組まれ、大半の列車が本線(池袋方面)に直通する。
1980年代には所沢・狭山地域と大宮・浦和地域を結ぶ県の交通政策として、西武新宿線との接続が計画され、1988年に本川越に地下乗り入れを果たした。軌間が異なるため相互直通はできないものの、同一駅で乗り換えができることになったため、所沢・狭山と大宮・浦和の移動は大きく改善され、県内のアクセス性の向上に寄与した。
(同時に、川越市内電車が廃止されている)

王子線
王子から板橋本町を結ぶ。総延長3.1km。
都営地下鉄三田線開通以前は現・大宮本線大宮方面に直通していたが、地下鉄乗り入れの際に本線から分断され、それ以降わずか4駅を結ぶ小路線として存続する。
しかし、王子では上野・東京方面を結ぶ京浜東北線などと乗り換えられるため、ラッシュ・閑散時ともに乗客は多い。
言うなれば、イメージはまさに東武亀戸線と重なる感じです。

南埼線
京宮浦和から草加を経由し松戸を結ぶ。総延長27.2km。
もともとは南埼玉電気鉄道として浦和〜草加で単独開業した路線のため、京宮電気鉄道の流れをくむ大宮本線その他とは別系統として扱われることが多い。(南埼線京北浦和駅も京北電鉄発足後10年ほどは本線とは国鉄浦和駅を挟んだ反対側で営業していた)
しかし、1989年の京北浦和駅高架化(地下化?)完成以降は大久保線の乗り入れや優等列車の大宮・本川越方面の直通などにより、県内の横断アクセス性を大きく向上させている。

大久保線
京北浦和から埼玉大前を結ぶ。総延長6.2km。
もともとは荒川土手で採取される砂利の輸送目的で建設されたが、当時全国各地で行われた電鉄による住宅開発ブームに乗り、開業当初から沿線開発による住宅街形成が進行していた。
戦後1964年には終点の京北大久保駅前に埼玉大学が移転してきたことにより、同駅を埼玉大前駅に改称している。1989年以降は朝夕ラッシュ時の一部列車が池袋方面に直通する以外は南埼線と一体した運行体系が採られている。

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